■ 嵐が明けたら 後編
***
「ナルト、ちょっと待っ・・・」
いつになく真剣な瞳で、今まで見たことのない切ない表情が至近距離にある。
鼻先が触れそうになった瞬間、何かを感じた。
お互いにハッとする。
「・・・誰だってばよ、邪魔してくんのは」
私の耳元に手を付き、キシッとベッドが鳴る。
ナルトは私からゆっくりと離れ、窓に近づく。
「邪魔してくんのは・・・」って何よ・・・。
呆然としてしまう。
あ、危なかったーー!!
だから!!
どこで覚えて来るのよ!!あの顔はー!!!!
思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしい!!
だけど今はそれどころじゃない。
「ナルト」
私はナルトのそばに駆け寄った。
「何か来たってばよ。昨日と同じ感じがした」
「うん」
今日は昨日よりも里の警戒を強めているはず。
それをくぐり抜けて来たということはあなどれない。
ピリッと肌を刺すような空気が流れる。
「応戦するしかないみたいだな・・・」
「・・・そうみたいね」
意を決してうなづく。
「出て来い!!そこにいるのは分かってるってばよ!!」
ナルトが声を張り上げる。
暗がりに気配を感じる。
その気配は昨日感じたものと似ている。
でも今日は生身の人間の気配だ。
闇が動いて人が歩み出て来る。
私たちは構えた。
一体どうやって家の中に入ったんだろう。
時折光る雷鳴で相手の姿、形がチラリとうかがえた。
私たちとそう変わらない年かさの青年だった。
「何をしに来た。脅迫状もお前か?」
ナルトが強い口調で問いかける。
「春野サクラをこっちに渡せ」
「・・・答える気はないってか。けど、答えてるのと同じようなもんだな」
「・・・渡せ」
「渡すわけ、ねぇだろ!!影分身の術!!」
「ナルト!!」
相手に向かって走り出し、影分身を使う。
分身の一人が私のそばに現れる。
本体と分身二人が敵と戦っている。
ナルトの体術に付いて来れているなんて・・・。
あの人、何者なの?
どうしよう、決着なんて着かないんじゃ・・・。
そして私にはどうしても知りたいことがあった。
「ちょっと待って!!」
私は立ち上がり二人に向かって叫ぶ。
動きを止める二人。
そちらに歩みを進める。
敵の前に立ち、見上げる。
不思議と悪意は感じなかった。
「ねぇ、あなたはなぜ私を狙ったの?」
「・・・・・・・・・」
顔がしっかり見えた。
多分少し年上だろう。
悪い人ではないように思えてしまうのは、目の奥の光のせいだと分かった。
誠実さと芯の強さが見えた気がした。
簡単に言えばナルトに似ているのだ。
私にはこの人が悪い人に思えなかった。
「ちゃんと理由を聞かせて。周りの人にまで迷惑がかかってしまうの」
少しの間お互いを見つめるだけだった。
***
「俺はサソリの部下だった」
「え!?」
サソリってあのサソリ?
「サソリって、サクラちゃんとチヨばぁちゃんが倒したんだったよな」
私はうなずく。
「サソリに部下がいたなんて・・・」
「俺たちは隠れているように言われていたんだ」
「じゃあ、私を狙ったのは・・・復讐?」
ナルトが眉間にシワを寄せる。
「違う。復讐ではない」
「違うの?なら、なぜ・・・?」
他に何があるって言うの?
「春野サクラ、あんたを嫁にしたい」
「は!?」
い、今なんて?
「寝ぼけてんじゃねーぞ!!何言ってんだってばよ!!!!」
「俺は本気だ。あんたの事を色々調べた。そしたら秘伝忍術にたどり着いた。それで木ノ葉の里を混乱させ、あんたを連れ出すつもりだった」
・・・確かに大慌てだったけど。
「で、なぜあなたはこんなに簡単に自分の計画を話しているの?」
「コイツを殺れば、あんたをさらえる」
彼はナルトを指差した。
「なんだと?」
ナルトは飛びかかる寸前だ。
「この話は今あんたとあいつしか聞いていない。これから死ぬ奴に何を話したって困ることはない」
「サクラちゃんは渡さねぇよ。俺はそう簡単にやられねーぞ」
「待って、ナルト」
臨戦態勢のナルトを手で制する。
なんか・・・
憎めないのよ、この人。
ちょっと変わっているけれど、ずる賢い事を考えているようには到底思えない。
本気で思っているから口にしているだけなのだろう。
でも・・・
「あ、あの・・・私を嫁にって・・・一体どういうつもり?」
「嫁にしたい理由なんて一つしかない。サソリとの戦いを見てあんたに惚れたんだ。俺の妻になるのはあんたしかいないって」
「・・・・・・・・・」
絶句ってこういうことなんだろう。
そりゃ、ここまで言ってもらえたら女冥利に尽きるけれど・・・。
さすがにこれは・・・。
ナルトなんてビックリして固まっちゃってるもん。
「春野サクラ、あんたの返事を聞きたい。手荒なマネをするつもりはこれっぽっちもない」
そう言いながら腕を広げる。
「返事って・・・あなたの所にお嫁に行くかどうかの返事!?」
「そうだ」
すごい冷静なんですけどこの人。
一生の問題を一瞬で決めるなんて無理でしょ・・・。
てゆーか、私の涙はなんだったのよ・・・。
「ダメなのか?」
そう言うと彼は私の前にひざまずく。
上目遣いだと幼く見えて可愛いじゃない・・・ってバカ!!何言ってんの私。
「ちょっと、やめてよ!!」
「それともあんたにはもう相手がいるのか?」
「え?」
あ、そっか。
その手があった。
チラリとナルトを見る。
目を見開いて驚いた顔してるけど・・・。
でもすぐにうなずいてくれた。
「悪いんだけど、その相手ってのは・・・俺だ!!」
「なんだと?」
彼は視線をナルトに向ける。
「お、お前が・・・か?」
うわ、疑ってるよ。
そりゃそうだよね。
「春野サクラ、そうなのか?」
う・・・
捨てられた子犬みたいな顔しないでよー!!
「えっと・・・そう、デス」
私は視線を逸らす。
「・・・そうか」
彼はゆっくりと立ち上がる。
私は構える。
「だが、手も握り合ったことのない状態なのは分かる」
「「は!?」」
「ならば、まだ俺にもチャンスはあるな」
ちょ、何言ってんのこの人はー!!
ナルト、なんとかして!!
と、アイコンタクトを送る。
「待てよ!!そんなことないってばよ、ほら!!」
そう言って手を引かれナルトに抱きすくめられる。
うわ・・・
さっきまでの感触が残ってるから余計にドキドキする。
彼はじっと私たちを見つめてたのだけれど、しばらくすると鼻で笑い、サラッと言いのける。
「春野サクラはまだお前のものではないな」
「な!!だから俺のだって!!」
ギュっと力を込められる。
「春野サクラ」
「は、はい?」
「俺はコイツに負ける気がしない」
「おいコラ」
「改めて会いに来るからちゃんと考えてくれないか」
「・・・・・・・・・」
この人、すごい・・・。
こんな小芝居は通用しない。
私はナルトの腕から抜け出る。
「自分の里に戻って自首して。それなら今回の件は私が何とかするから」
「サクラちゃん!?」
「今ここで、私が嫌だと言ったらあなたは無理矢理でも私を連れて行こうとするわね。ナルトと戦ってでも」
「ああ」
「あなたにそんなことして欲しくない。里に戻ってサソリの部下だったことを償って」
「そうすればお前は俺とのこと考えてくれるか?」
「・・・ええ」
「ちょ、サクラちゃん!!」
私はナルトを振り返る。
「ごめん、ナルト。ありがとう。でもこの人には何も通用しないわ」
「分かった。罪を償い、イチからやり直してお前にもう一度求婚しに行こう」
「・・・はい」
この人は本気だ。
私を連れ去る為にここまでの事をした人だ。
ナルトと戦って、相打ちになってでも木ノ葉の里を混乱させて私を連れ去るだろう。
そんなことさせたくない。
なによりこの二人を戦わせたくなかった。
もっと別の出会い方をしていたら・・・。
我愛羅くんと一緒に里を守る優秀な忍びになっていたんじゃないかと悔しくなる。
だから、やり直して欲しい。
もう一度、次にまた出会えたら仲良くなれるはず。
私はそれを見たい。
「もう行って!!」
私は彼の背を押す。
「待つんだ!!」
「カ、カカシ先生!?」
先生の声に彼は振り返る。
ウソ・・・
こんなのってないよ・・・
逃がせられなかった・・・。
「先生、待って!!この人は何もしてないわ!!サソリの部下だったってだけよ」
「サクラ・・・」
「ほら見て、戦う意思なんて全くないわ」
「・・・話は聞いていたよ」
「なら!!」
カカシ先生は眉間にシワを寄せる。
「秘伝忍術の存在を知り、脅迫状を送って来た。それだけでもう立派な犯罪だ」
「そんな・・・だって秘伝忍術の内容までは知らないでしょう?私だって知らないわ!!」
「サクラ・・・」
「自首すると言ってるのよ、もう何も起きないわ。脅迫状の事はもういいじゃない!!」
「サクラ。今朝の時点で彼の事は調べが付いていたんだ」
「え!?」
ヤマト隊長の言葉に驚き振り返る。
「だから、彼が今夜ここに現れるかもしれないと踏んでいた」
そんなのって・・・。
「サクラを狙った目的までは分かっていなかったが犯人の目星は付いていたんだ」
「目的なら今聞いたでしょう!?シカマルだって聞いていたでしょう?些細なことだわ!!」
「サクラ、お前・・・狙われていたんだぞ、コイツに。なんでそんなにかばうんだ」
シカマルは目を見開く。
「いいの!!もういいの。お願い、彼を逃がして。悪気はないのよ」
私は立っていられず、しゃがみ込んでしまう。
「サクラ」
今までずっと黙っていた綱手様が私に近寄る。
「少し落ち着け」
「綱手様・・・」
肩に優しく手を置かれ、涙がにじむ。
「コイツは確かにサソリの部下だった。それは調べが付いている」
「・・・・・・・・・」
「しかし、配置されていたのは末端の末端。サソリが何をしていたのかまでは知らなかった」
「え?」
私は顔を上げる。
綱手様は彼を見据えていた。
「そうじゃないのか?」
「・・・あぁ。金になる仕事だと誘われて同僚と一緒に書状を運ぶ仕事をしていた」
「そうか。では今回の件はお前の私情での単独行動ということだな?」
「そうだ」
「お前以外のサソリの部下はどうなった?」
「サソリが死に、俺たちは解散になった。その後だ、サソリが暁の一員だと知ったのは」
「綱手様!!」
私は綱手様の裾をつかむ。
「サクラ」
「はい!!」
「本当に不問でいいのか?お前だって辛い思いをしただろう」
「いいんです!!何もされていません」
「綱手様!?」
ヤマト隊長が声を上げる。
カカシ先生は無言だ。
「おい、お前。サクラは今回の件をなかったことにするそうだ。風の国に戻り、罪を償うなら脅迫状の件も目をつぶろう。だが・・・」
綱手様の目が細くなる。
「抵抗するならば、ここにいる全員でお前を拘束する」
「抵抗する気も逃げるつもりもない」
「そうか」
ニッコリ笑う綱手様。
「風の国に連絡を取り、風影に結論を出してもらおう。すべて話す。それでお前をどうするかは風影に決めてもらう。いいな?」
「構わん、風影様の命令は絶対だ」
「風の国にはサイに先触れの書状を持たせて向かわせている」
「あ、ありがとうございます!!」
私は綱手様に頭を下げた。
助かるのね、彼は。
良かった・・・。
カカシ先生が笑顔で私の肩を抱く。
「先生・・・。ありがとう」
彼は私の前に歩み寄る。
「ありがとう。また・・・な」
私は黙ってうなずいた。
「連れて行け」
綱手様の声に暗部がどこからか現れる。
彼はおとなしく捕まった。
***
「サクラの気持ちも分からないでもねぇなぁ」
シカマルがため息をつく。
「え?」
私たちも執務室に向かうことになった。
道すがら、シカマルが話出す。
「なんかアイツ、誰かに似てるよな」
「確かに」
ヤマト隊長がうなずく。
「ナルトとサスケを足して二で割った感じだよね」
カカシ先生が笑う。
「は!?似てないってばよ!!しかもサスケと足すな!!」
抗議の声を上げるナルト。
「私もなぁ・・・アイツが悪い奴には見えなかったよ。だからサクラの言うとおりにしようと思ったんだ」
「綱手様・・・。みんなも、ありがとうございます!!」
「似てないってばよ・・・」
笑顔のみんなをよそにブツブツ文句を言っているナルト。
きっと我愛羅くんなら分かってくれる。
大丈夫。
***
サイからの連絡を受けて、風影である我愛羅くんはテマリさんとカンクロウさんとすぐに木ノ葉の里にやって来た。
「この度は・・・本当に申し訳ないことになってしまってなんと詫びていいのか・・・」
「風影、落ちついてくれ」
執務室に急いで入って来た我愛羅くんは部屋に入った途端に綱手様に頭を下げた。
会議室の方にみんなで移る。
ソファに腰掛けた綱手様と我愛羅くん。
周りには私たちが立っていた。
「木ノ葉の里としては今回の件を不問としたい」
「なんだって?」
カンクロウさんが驚いて声を上げる。
「あの者は悪い人間ではない。私も直接話をして分かった。ぜひ砂の里に役に立つ忍びとして生きて欲しい」
「我愛羅くん!!・・・っと、風影様、お願いします!!」
「サクラ、お前は被害者じゃないか。なぜそんなことを・・・」
テマリさんが優しく言う。
「彼と接して話をしました。彼は砂の里の力になる忍です。これからの忍の世界を一緒に作って行きたい。そう思ったんです」
「木ノ葉の里の見解はサクラの言うとおりだ。今回の脅迫状の件は不問にしたい。サソリの部下だったという罪は砂の里で裁いてもらえればいい」
我愛羅くんは私たちを順番に眺める。
「ナルト」
「ん?」
「お前は不服そうだな」
「そりゃそうだ。だってサクラちゃんに求婚しに来るとか言ってんだってばよ!!砂の里から出さないでくれってば!!」
みんなは笑いだす。
「・・・そうか」
我愛羅くんも笑っていた。
そんな私たちの様子をみると何かに納得したように我愛羅くんはソファから立ち上がった。
「木ノ葉の里のありがたい申し出を受け入れたいと思う」
風影様はうやうやしく頭を下げた。
「迷惑を掛けてしまって申し訳ない」
砂の里の三兄弟は揃って頭を下げた。
良かった!!
これで彼は本当に助かる。
「みなさん、ありがとうございます!!」
みんなは良かったと笑いかけてくれた。
***
執務室の窓から我愛羅くんを先頭に彼も一緒に砂の里に帰って行く姿を見送る。
いつか彼が罪を償って、一緒に里を守る仕事が出来るようになる日が来るんだろうか。
求婚の話は困るけれど、ナルトと我愛羅くんとあの人が一緒に里の為に協力し合う姿を見るのがすごく楽しみだと思った。
出来ることならそこにサスケくんもいてくれたらすごく嬉しいのだけれど。
この二日間、色々なことがあり過ぎた。
長かったようなあっという間のような・・・。
たったの二日間だったなんて驚きだ。
とにかくいのに会いに行こう。
話をしたら朝までかかってしまうかもしれないけれど、いのはちゃんと聞いてくれるはずだ。
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