■ 元担当教師の本懐

カカサクエアオンリー2提出作品です。
「元担当教師の明察」が前日譚になりますので宜しければこちらからお読みください。

「今日はここまでにしよう。大方決まっただろう」

外を見るとすでに夕暮れ時だった。
木ノ葉と砂の会談のために私は六代目火影の補佐役として護衛も兼ねて風影の執務室にいた。

向こう側にはよく見知った顔。
風影の我愛羅くんと補佐役のテマリさんとカンクロウさん。

こちらはカカシ先生・・・じゃなくて「六代目火影」のカカシ様と私。

会談は滞りなく進んでいた。


「補佐役にサクラとは良い人選だな」
書類をまとめていた手を止めてテマリさんを見る。
テマリさんが感心したようにニコッと笑いかけてくれた。
「ありがとうございます」
「どーも。ナイスな人選デショ。五代目ももちろん推してくれたけど俺が選んだからね」

「サクラが良いところでカカシにツッコミを入れてくれているから話が進んでいるように見えたがそんなで大丈夫なのか」
風影様の鋭い意見が飛んでくる。

「あら、バレちゃった?そのうち俺も慣れてくるから勘弁してくださいな。サクラがいてくれるととっても助かるんだよね」

六代目はふざけているけれど本当は一人でだってしっかり業務をこなせるんだと思う。
なんで私をそばに置いているのか・・・

綱手様も「カカシが慣れるまでそばで補佐をしてやれ」って言ってくれたけど・・・


「まぁ良いか。今日はもう遅い。宿を用意させたからゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」



***
カンクロウさんとテマリさんに連れられて里の奥にある宿に着いた。

「すごい・・・」
「いいだろう?里自慢の温泉もあるぞ!」
カンクロウさんが嬉しそうに言う。

砂ばかりなのかと思っていたのでまさか温泉宿があるとは思わなかった。
しかもすごく風情があって素敵なお宿だ。

「仲居頭には言付けてあるから不便があったら言ってくれ。ゆっくりするといい」
「そりゃどーも」
「おふたりともありがとうございました。風影様にもよろしくお伝えください」

カンクロウさんとテマリさんは手を振って帰っていった。

「もう、カカシ先生ったらもっと火影らしくしてくださいよ」
「んー?まぁまぁ、いいじゃないの。サクラだってまだカカシ先生って呼んでるよ」
「あ・・・」

「カカシ様」だなんて呼び慣れない・・・

「でもサクラに『カカシ様』って呼ばれるのはなんだかくすぐったいなぁ」
ニコニコしながら先生は宿へ入っていく。

先生はいつも飄々としているのでちょっとつかめないところがある。

この間のことだって本気なのかふざけていたのか分からない。

付き合っていた人にこっぴどく振られてしまったところを目撃されて「俺で手ェ打っとく?」なんて言い出すカカシ先生を私はそれ以来意識し始めてしまっているのに・・・
当の本人は前と変わらず何事もなかったかのように接してくる。

あのあとすぐにカカシ先生の六代目火影就任が決定した。
同期や先生たちと盛大にお祝いしたのだけれど私はちょっと複雑な気持ちだった。


ただでさえカカシ先生とは「先生と教え子」「上司と部下」の関係なのだ。
その上カカシ先生が火影に就任したら私みたいなただの忍が六代目火影様と付き合えるわけがない。

やっぱりあれもいつもの冗談だったのかな。

そう思うとたまに胸が痛くなる。
誰にも言えないでいるけれど・・・


「サクラ置いてくよー」
「あ、はい!」

今はそんなことを考えて落ち込んでいるのはもったいない。
せっかくこんなに素敵なお宿なんだからのんびりしよう。


***
「火影様のお部屋はこちら。春野様のお部屋はお隣にご用意させていただきました」
「ありがとう・・・ございます」

「お夕食はこれから火影様のお部屋にご用意いたしますのでお待ちください。では何かございましたらなんでもお申し付けくださいね」
仲居さんがお茶を淹れてもてなしてくれた。

「はー、いい部屋だねぇ」
「さすがに豪華過ぎじゃないかしら・・・なんだか申し訳ないわ」
「大丈夫、大丈夫」

そして私が何より気になっているのは「隣の部屋」ってのがふすま一枚で仕切られているだけだってことよ!!

広いお部屋を区切ってあるうちの一部屋が私の寝室ってことらしい・・・
でも護衛も兼ねているんだから当たり前の配慮なのか・・・

うーん・・・意識し過ぎてるな私。

今日の会談の話をしていたら給仕役の仲居さんが食事の支度をしに来てくれた。

「お食事が済みましたらご連絡ください。片付けとお布団のご用意をしに係の者が参ります」
「わかりました」

最近はずっと六代目の補佐としてカカシ先生とずっと一緒にいるから食事の好みまでわかるようになってきた。

お肉より魚が好きとかお酒が結構強い、とか。
今日も出て来たお酒をあっさり飲み尽くしてしまった。

「サクラとももうすぐ一緒にお酒が飲めるようになるね」
「そうね」
お猪口にお酒を注ぎながら先生を見る。
顔色は変わらないけれどいつもより饒舌になるような感じだ。


美味しいご飯をいただいて食後のお茶を淹れた。
「上げ膳据え膳ってのはやっぱりいいなぁ。一息ついたし次は砂の里自慢の温泉に浸かってこようじゃないか」
「はい」

私たちは準備をして大浴場に向かった。


***
「おっ!貸し切り風呂もあるってさ。一緒に入る?」
「・・・よく聞こえなかったんでもう一回言ってもらえます?」
笑顔で先生を見上げる。

「じょ、冗談でーす!じゃあまたあとで。よく温まるんだよ」
先生は逃げるように男湯の暖簾をくぐっていった。

全く・・・
人の気も知らないで!


カンクロウさんご自慢の温泉は露天風呂まであって本当に素晴らしいものだった。
モヤモヤと考えていたのだけれどお風呂を出る頃にはそんなものは頭から消え去っていた。


***
部屋に戻るとカカシ先生はすでに居間で寛いでいた。

「サクラおかえり。温泉どうだった?」
「露天風呂には誰もいなくて貸し切りでした。いいですね、こういうの」
「うん。そこに座りなよ、お茶淹れてあげる」
「え?私やりますよ」
「いいからいいから」
先生は嬉しそうにお茶を用意してくれた。


お風呂あがりで浴衣姿の先生。
いつも任務着姿しか見たことがないのでドキドキする。

なんでそんなに前がはだけているのよ・・・
気恥ずかしくなって私は自分の浴衣の襟を合わせ直した。

促されて先生の正面に腰を下ろす。

「はい、どーぞ。熱いからね」
「ありがとうございます」
淹れてもらった湯のみに手を伸ばし先生の向こう側にある部屋に目をやる。

布団が一組敷いてあるのが見えた。



一組・・・か。


「・・・サクラ」
「は、はい?」
「どうかした?もしかしてお茶美味しくない?」
「ううん、そんなことないわ!」
「?」

いやいや、当たり前でしょ!
一組に決まってるじゃない!
私の布団はそのまた向こうの部屋に敷いてあるのよ!!


先生の目が見られない・・・

「わ、私もう寝ますね!」
「え?まだ亥の刻になったばかりだよ」
「温泉に入ったら眠くなっちゃって」
そそくさと奥の部屋に向かう。

「サクラ?」
先生の横を通り過ぎようとした瞬間、手をつかまれた。


「・・・俺、何かしちゃった?」
「いいえ、カカ・・・六代目は何も・・・」
手を振り払って奥の部屋に進む。

「サクラ、待って!」
先生が立ち上がり追いかけてくる。

ふすまを開いた手をつかまれ後ろから抱きしめられた。

「先生!?」
驚いて振り返ろうとすると肩越しに先生の前髪が顔に触れてくすぐったい。
思ったより柔らかくてドキッとしてしまった。


「・・・何してるんですか」
「サクラを抱きしめてます」

「そうじゃなくて!なんでそんなことするんですか!」
「サクラが逃げるからでしょーが」
「っ!」

そう言われて深呼吸をして身体の力を抜く。
放してくれると思ったのに腕の力は強まった。
「せん・・・六代目、放してください!!」


「俺で手ェ打っとかない?」
「!!」

そのセリフ・・・
この間言ってくれたセリフ・・・

「・・・先生、酔ってます?また冗談言ってるんですか?」
「冗談?」
「あ!」

手をつかまれてふすまに追い立てられる。
抵抗してみたものの先生の浴衣の襟を乱すくらいにしか動けなくて驚く。

「冗談だと思ってるの?」

奥の部屋は蝋燭の灯りしかなくて暗い。
そのせいで先生の表情は分かりにくかった。

「考えとくって言ってたじゃない」
「あれは・・・」

「俺が本気じゃないと思ったわけか」
「・・・・・・・・・」


「だ、だってカカシ先生はもう六代目火影なんですよ・・・私はただの補佐で護衛です・・・」
「関係ないデショ」
「あるわ!里長と付き合うだなんて恐れ多いもの」

立っていられなくなりふすまを背にズルズルと座り込んでしまう。
涙がこみ上げてくるのを必死で堪えた。

先生はしゃがんで畳に手をつく。


「俺はね、サクラが好きなんだよ」
ビックリして顔を上げる。


「サクラは?」
「わ、私は・・・」
口を開くと涙がこぼれそうになる。

先生の優しい手が頬に触れる。

ダメ。
泣いたらダメだ。

「そ、そういうのはお酒を飲んでない時でないと信じられないわ!」
「俺は酔ってないよ。風呂に入って酒は抜けたし、そもそもそんなに弱くない」
「・・・・・・・・・」


「ふたりきりなのにどうしてそんなに意地を張るの?」
「っ・・・!!」

「サクラはあれから俺のことを考えてくれたんだろう?」
穏やかで落ち着いたとても聞き慣れた低音が今は胸を締め付ける。


「お前を補佐や護衛に推したのはちょっと邪な気持ちがあったんだ。こうでもしないとお前とこうやって話せる時間もなくなってしまったからね」
「・・・・・・・・・」

先生の気持ちに応えようと思っていたら先生の六代目火影就任が決まって前のようには気軽に会ったり話も出来なくなってしまった。

誰にも言えずにいたけれど私は本当は寂しかったのだ。
先生はそれに気付いていたんだろうか。

「お前の能力はとても高いから、補佐や護衛に推したところで誰かに咎められることもなかった。職権濫用だけどこのくらいは綱手様は気付いているだろうし、許してくれているみたいだから心配いらないよ」


「先生・・・」
「ん?」
私の顔を覗き込んで来る。


先生も私と同じように思っていてくれたと思っていいの?


「あれから先生のことを意識しちゃってどうして良いかわからなくて・・・」
「うん、知ってた」

「・・・意地悪ね」
「だから言ったじゃない。ふたりきりなのにどうしてそんなに意地を張るのって」
やっぱり先生は一枚上手だ。

「私なんかが火影様の相手で大丈夫なのかしら・・・」
「お前なら誰も文句はないデショ。それにもしも誰かになにか言われても関係ないよ。俺はお前じゃなきゃダメなんだから」

「私、面倒くさいわよ?」
「知ってる。受け止めさせてよ」

先生の前でなら意地を張らずに素直に泣ける・・・
素直に自分の気持ちを言ってもいいのだと思える。



「先生・・・私は、先生のことが・・・好き、よ」
そう言うと涙が溢れて止まらなくなった。


「サクラ・・・」
聞き慣れた低音が耳元に近付いてくる。
浴衣の衣擦れの音がして優しく抱きしめられた。


温かくて広い胸に収まると安心する。


「ふふ・・・」
「なに?」

「この間も思ったの。先生に抱きしめられると子どもの頃守ってもらった時のことを思い出して安心するのよ」
「・・・安心ねぇ」

「へ?」

先生を見上げるともう「先生の顔」ではない一人の男の人がいた。


浴衣の襟ははだけ、艶っぽい瞳で私を見ている。
「カカシ、先生・・・」


「安心してる場合じゃないってのはわかるくらいにもうサクラも子どもじゃないよね」
「・・・そうでした」



はだけた胸元に残っている傷跡。
お風呂上がりだからなのか浮かび上がって見えるようだ。
普段知ることの出来ない先生を垣間見てしまったようでひどく恥ずかしくなった。


無意識に先生の傷跡に手を触れる。
「っ!!」
「先生?」

「わざとじゃないわけね・・・遠慮はいらないってこと?嫌だって言われても止められる自信はないからね」
「・・・はい」



蝋燭の灯りが先生を映し出す。
近付いてくる形の良い唇を見ていたらもったいなくて目を閉じることが出来なかった。


唇まで整っているなんて先生はやっぱりズルい。


優しく唇が触れてドキドキした。


それもそうだ。
カカシ先生は私の先生だった人で上司だった人なのだ。
私は元教え子で部下だったのだから先生とこんなことになったらドキドキして当たり前だ。



最初のキスは軽く触れるだけ。
もう一度唇が近付いて顔を手で包まれ先生の方に引き寄せられた。

いつもは飄々としてのんびりしている先生の切羽詰まったような行動に胸が痛くなる。
何よりもその表情に魅せられてしまい私は先生のキスをされるがままに受け入れてしまう。


ここは木ノ葉の里でもなければ近くに誰も人はいない。
なんの意地を張る必要もない。


そう思うとひどく興奮した。

それは先生も同じなのか、いつもの先生からは窺い知ることの出来ない荒々しさで私に触れてきた。

「せんせ・・・」
筋肉質な肩越しに見えていた天井から視線を動かす。

「ん?」


「やっぱり恥ずかしい・・・」
「それは俺もだよ。でもすごく嬉しい」
上気した顔にいつもの優しい笑顔が見られた。


「私、ずっと前から先生とこうしたかったのかも知れないわ」

すると先生は目を細めた。
「・・・そういう事言わないでよ。余裕なくなっちゃうデショ」
「?」


「もう遠慮も余裕もないから覚悟してね」
「・・・望むところです」

私は先生の背に腕を回して目を閉じた。

−END−


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