■ 元担当教師の憂鬱

いのたちにからかわれて「通過儀礼」を勘違いしているサクラは綱手さまにとんでもないことをお願いしていた。カカシ先生の苦悩とは?

綱手様から呼び出されて執務室の前まで来た。

なんだろ・・・
俺なんかやらかしたかなー

執務室のドアをノックする。
「入れ」
「失礼します」

「悪いな、忙しいのに」
「いえ・・・」


機嫌は悪くなさそうだな。
とりあえず一安心。

「そこに座ってくれ」
「はい」

お茶まで出てきて、任務と関係のないたわいもない話が始まった。

え・・・何コレ、面接?

給料の査定面談?
何を試されてんの、俺・・・


「時に、カカシ」
「は、はい」
「お前、今恋人はいるのか?」
「はい?」

俺の聞き間違い・・・か?

「えーと、綱手様」
「なんだ」


うわ・・・すごい深刻そうな顔してるよ・・・


「俺に恋人がいるのかどうか聞きました?」
「そうだ」

何でそんなこと聞くんだ・・・



「いえ、いません・・・けど」
「そうか!そうかそうか!そりゃ良かった!」
さっきとは打って変わって笑顔の綱手様。


「あ、あの・・・」
「よし。カカシ、任務だ」
「はい?」


「ちょっと困ったことになっていてな・・・」
「・・・と言いますと」
「サクラのことなんだが・・・」
「サクラですか?」
言い出しにくそうにしている。



一体何だって言うんだ?
俺に恋人がいるかどうかと何の関係が・・・
「くのいちの通過儀礼についてだ」
「!!」

そうか・・・もうそんなことを考える頃なのか。
なんか、寂しいな・・・


って、通過儀礼?
通過儀礼は・・・

「それでだな、カカシ。サクラは相手にお前をと言っているんだ」
「え!?」


「やはりその反応か・・・」
ため息をつく綱手様。


「そうだよなぁ・・・お前にはリンが・・・」
「いえ、リンは・・・」
リンのことを持ち出されて慌てた訳じゃない。

そんな嬉しい話・・・じゃないや、そんな訳の分からない話・・・
そもそも何で俺が?


「くのいちの連中がこの話で盛り上がっているそうでな」
「はぁ・・・」

「どうせなら自分で相手を選びたいとか、担当教師ならありだとか、勝手なことを言っている。まぁ、あのくらいの年頃の娘たちはこういう話で盛り上がるのは仕方がないんだがな」

「いのちゃんたちもそう言っているんですか?」
「いや、いのたちが面白がってサクラをからかっているわけだ」


・・・なるほど。


「サクラはカカシが相手になるのが当然だとか何とか・・・」
またため息をつく綱手様。


確かに・・・困ったもんだ。

「だからお前からサクラに話をしてやれ」
「へ!?」
俺は顔を上げる。



「俺が何を話すんですか!?」
「それはお前に任せる」
「えぇ!?そんなムチャな・・・」

「私から話しても聞かんかったのだ・・・呆れてものも言えん。サクラは訳の分からないところでガンコだからな」
そう言いながら遠くを見つめている。
サクラがガンコなのは綱手様に似たんじゃ・・・とは、この状況で言えるわけがない。


「と、言うわけでな。今夜サクラがお前の家に行くことになっている」
「え?今夜ですか!?」
「そうだ。早い方がいいだろう」
「いや・・・準備が・・・」

「・・・何の準備だ、何の」
ギロッとにらまれる。

「ヤダなー・・・こ、心の準備ですよ、心の」
俺は慌てて繕う。

「まさかとは思うが・・・間違ってもサクラに手を出すなよ?」
「は、はい!!分かってます!」

こ、殺される!
あの目は本気だ。


「頼むぞ、カカシ!」

イマイチ状況がつかめずにものも言えず、執務室を出た。
もう外は日が暮れかけていた。
仕方がない・・・
家に帰るしかないようだ。

一体、サクラにどう話してやればいいんだ・・・
頭が痛い。


***
今の時代、通過儀礼なんてものはない。
通過儀礼があったのはもう遙か昔のことだ。

要するに、いのちゃんたちが何も知らないサクラを面白がってからかい、いまだに通過儀礼があると思い込んでいるサクラは、その相手に俺をと、綱手さまに相談して来た・・・と言うわけだ。


サクラ・・・いつもしっかりしているけれど、どっか抜けてるんだよなぁ・・・

勘違いしているとは言え、相手に俺を選んだサクラ。
それはすごく嬉しかったし安心した。

他の誰かを選んでいたとわかったら、正直イヤだと思う。


サクラは教え子で、部下で・・・
昔から成績も良くて何事もそつなくこなす、手の掛からない子だった。

ナルトとサスケの間に入ってうまくまとめてくれたり、気もつく子だ。

頑固で泣き虫なところもあるけれど、そこは可愛くて・・・


当たり前だけれど、俺はいままでサクラのことを教え子として、部下としてだけ見ていた。
改めて考えてみると俺の中で一番大切な女の子な訳だ。

そんなサクラが俺と・・・


って、チガウチガウ。
落ち着け。


綱手様からは「サクラに話をしてしっかり理解させろ」と任務を与えられただけだ。



ただ、それだけ。


***
サクラが来るっていうから部屋の掃除をしてしまった・・・。
時計を見ると21時を回っていた。

あ・・・

今夜来るとは聞いていたけれど、何時だとか正確な時間は聞いていない。


・・・風呂、入って来るかな。


ソワソワして落ち着かない。
何かしていないと色々と考えてしまう。


「はぁ・・・」


湯船に入ると少し落ち着く。


だけど・・・

サクラが来たら、何をどう話せばいいんだろう。

何より、俺はなぜこんなにもソワソワしているんだろう。

サクラをどう思っているのかってことだよな。


結局そこに行き着くのだ。

サクラに対する気持ちは・・・正直分からない。


長々と考えてみたものの、どう諭せばいいのかも思いつかず、のぼせそうなので風呂から出ることにした。


冷蔵庫から水を取り出した瞬間、インターホンが鳴った。
思いがけず、ドキッとする。


深呼吸してから玄関に向かう。


「こ、こんばんは!!」
荷物を抱えたサクラが立っている。


「いらっしゃい。寒かっただろ、入って」
「は、はい」
俺は出来るだけいつも通り平静を装ってサクラに声を掛ける。


玄関を入り、横を通り過ぎるサクラから風呂あがりのにおいがした。

「お茶、でいいかな?コーヒーだと眠れなくなるよね」
「は、はい!」

うーん・・・


「サクラ」
「はい!」

「明日は任務ないの?」
「ない・・・です」
「そっか、じゃあゆっくりしても平気だね」
「!!」


あれ・・・
緊張させたか?

「あ、あの、先生・・・」
「んー?」

「ごめんなさい、こんな時間に押しかけて・・・」
「大丈夫だよ。綱手様から話を聞いているし、サクラのためだからね。明日は俺も任務ないからゆっくりしていられるし」

笑いかけるとサクラは顔を真っ赤にしてしまった。
「・・・サクラ?」

促して座らせたリビングのイスで飛び跳ねるように驚くサクラ。

おかしな事言ったかな・・・。

「どーぞ」
「・・・いただきます」

いつもの強気な表情はない。
ものすごい緊張しているのが分かる。


「先生」
「ん?」

「先生が任務着以外を着ているのって初めて見たわ」
「そうだよね。いつもサクラと会う時は任務着だもんね」

「スウェット着てると、若く見える・・・」
「おいおい。先生はまだ若いデショ」

無理していつも通りに話しているように見える。

だって、サクラはマグカップしか見ていない。
俺はそれを頬杖をついて見ていた。


・・・可愛いな。
オロオロしているサクラなんてめずらしい。
所在無さげにしている姿が可愛らしい。

すぐそこに、いつもより近くにサクラがいる。
なんだか不思議な感じだ。


うつむくサクラの桃色の髪が揺れた。


触りたいな・・・。



って、俺何考えてんだ。


ダメだろ・・・

そうだ、話をしないといけないんだった。

俺も覚悟を決めないと・・・。


「サクラ」
顔を上げるサクラ。


「こっち、おいで?」
「・・・・・・・・・」

俺は椅子から立ち上がった。


もちろん、わざとだ。

ずっと考えていた。
サクラにどう話せば伝わるのか。
ちょっと強引だけれど、この方法が一番手っ取り早い。


サクラは椅子の横に立ってうつむいている。

「サクラ」
「・・・はい」


寝室のドアを開けて中に入るように促す。
サクラは俺を見上げる。
翡翠のような緑色の瞳が不安げに揺れた。


俺はサクラの頭を撫で、一緒に寝室に入った。


***
サクラをベッドに座らせる。

「せ、先生!」
「ん?」

「電気・・・消して」
「?」

なんで電気を消せだなんて言うんだろう・・・。
俺は寝室の電気を消し、ベッドの横にある小さなスタンドのスイッチを入れた。


暖かな光がサクラを映し出す。
明るい中話すよりこの方が話しやすいかもしれない。

さて・・・


「サクラ」
俺はサクラの前にしゃがみ込み、目線を合わせて話し出した。

「綱手様から話は聞いたよ」
「っ!」
身体を震わせるサクラ。


「サクラ、いくつになった?」
「・・・16よ」


「そうか。もうそんな年なんだなぁ・・・」
「・・・・・・・・・」


「通過儀礼・・・ってのは、まぁ、いろいろ種類があるけれど、俺達の生きる忍びの世界でもずっと守られてきたものだ」
「・・・はい」


「くのいちは任務でそういうことに出くわすこともある。だから通過儀礼を設けて、くのいちたちの気持ちを守ってきたんだ。最初は本人の選んだ相手と・・・って」
「・・・・・・・・・」


「サクラは俺を選んでくれたんだろう?」
サクラの顔を覗き込む。

ゆっくりとうなずき、俺を見る。

「ありがとう」
「え?」

「いや、思っても見なかったから。話を聞いた時は驚いたけれど、すごく嬉しいよ。ありがとう」
「先生・・・」
瞳に涙を溜め、声が震えている。

手を伸ばし、サクラの頬に触れると涙がこぼれ落ちた。


ここまで思いつめていたのか・・・


「そんなに怯えなくていいよ。通過儀礼なんてものはとうの昔に廃止になったんだ」
「え?」
目を見開いて俺を見つめるサクラ。


「俺は・・・サクラを、えーと、・・・抱こうなんて思ってない。だからそんなに怯えないでくれ」
「ウソ・・・」
呆気に取られたようにつぶやく。

サクラが電気を消してくれと言った理由にようやく気がついた。


「今日はサクラにその話をしようと思っただけだよ。通過儀礼なんてもうないんだ。サクラはいのちゃんたちにからかわれたんだよ」
「本当に?」
「あぁ」
ホッとした顔をするサクラ。

「それに、そんな任務は来ないよ。そんなことさせない。木ノ葉の里では、もうそんな任務は受けないことにしているんだ。だから、心配しなくていいんだよ」
俺は立ち上がり、サクラの髪を撫でた。


サクラは賢い子だから、しっかりと順序立てて話をすれば伝わるのだ。

寝室にはベッドしかないので、他のことに気を取られず、落ち着いて話を聞くことができる。
だから寝室に移動したのだ。

・・・深い意味はない。


「そういうことは、大事な人のためにとっておきなさい」
ポンポンと軽く頭を撫でる。


「俺は向こうで寝るから、サクラはここを・・・」
離れようとすると、Tシャツの裾を掴まれていた。

「サク・・・」
「・・・先生が」


「え?」


「先生が・・・いいの」


腕を伸ばし、腰にギュッとしがみつくサクラ。

驚いたのと抱きつかれたので身動きがとれない。


「サク・・・ラ、何を言って・・・」
顔を上げるサクラの表情にドキッとする。


ひと回り以上も年の離れた教え子に、動揺させられている。


・・・どうかしている。



「いや、あの・・・ね、サクラ、ちょっと・・・離れて、くれる?」
首を振るサクラ。


ど、どうしたら・・・。
冷静に対応しようとしているのに、全く行動に移せない。


「最初は、先生がいいの・・・私の大事な人は、先生・・・だもん」


ウソだろ・・・



通過儀礼だから。

仕方なく相手を選ばないといけないから。


だから、上司であり指導者だった俺を選んだだけだと思っていた。


そして俺はサクラを諭す。


それだけのことだったはずだ。
なのに・・・

今、俺は嬉しくて仕方がない・・・。

まさかサクラにこんな感情を抱くなんて・・・


「サクラ、離れ・・・」
肩をつかむのも気が引ける。

どれだけ動揺しているんだ俺は。


いつも通り、冷静に・・・


息をついてサクラの肩をつかむ。

「サクラ落ち着いて」
「・・・落ち着いてるわ」


「先生、サクラよりひと回り以上も歳が上だよ?おっさんだよ?」
「さっきはまだ若いって言ったじゃない」

言ったけどさ・・・


「同い年の奴らがたくさんいるじゃないか」
「イヤ。・・・先生がいい」

何これ・・・

夢?


「私、先生が好きだわ」
「!!」


俺を見上げたサクラはもう泣いていなかった。

澄んだ翡翠色の瞳で俺を見ている。


いつもは見せない表情で見つめてくるサクラに身体が熱くなるのを感じた。

「・・・この状況で俺にそんな事言うのって、意味分かってるの?」

一瞬怯えた表情をして目を伏せ、うなずくサクラ。



抱き上げてベッドに押し倒す。

口元のマスクを下げ、サクラを覆うように見下ろすとベッドが軋んだ。


「せ、先生・・・」

どう見ても怯えている。


それなのに・・・

サクラは身体を起こし、抱きついて来た。


「・・・誘ってんの?」
意地悪く耳元で言う。


小さくうなずき、腕の力を強めて来る。

「先生・・・が、好き」

冗談で言ったのに、思っても見なかったサクラの反応にゾクッとする。


「サクラ・・・」
俺の声にビクッとする。
その反応が愛しくてたまらなくなる。

・・・マズイ。

俺は・・・



サクラを抱きしめる。


まだ小さい子どもだったサクラを抱き上げていた頃とは全く違う。

背は伸びて腰は細くなり、しなやかな身体になっていた。


サクラはもう、子どもじゃない。


***
「せん、せぇ・・・」


俺の中にまだ少しだけ残っていたとおもわれる理性は、行動を制限していた。


サクラをただ、抱きしめたままでいた。
抱き心地が良くて落ち着く・・・


「せんせ・・・?」

不安げなサクラを抱き起こす。


「サクラ」
「・・・はい」

「気持ちはすごく嬉しいよ。ありがとう。でも・・・」
「私が部下だから?元生徒だから?」

そんな理由で片付けたくはない。

その理由で片付けられないくらいに気持ちは止まれなくなっていた。


俺だってサクラのことが・・・

こんなことになって気付くなんて、自分でもどうかと思う。

気持ちを止められなくても、そんな簡単に進めていいことじゃない。


「そうじゃないよ。こんな流れでこういう事になっちゃうなんてダメだって事だ」

「じゃあ、先生は私の事、好き?」
「・・・・・・・・・」

「先生?」


「その話はまた今度だ」
「えー」

「この話はもうおしまい」
サクラの頭を撫で、身体を離す。

「・・・先生の気持ち、聞きたい」

「ダメだ。もう寝なさい」
「・・・先生も寝る?」

「・・・向こうでね」
「イヤ。こっちで一緒に寝て!!」
そう言いながら抱きつかれる。

「ダメだ」
「じゃあ、話の続きをして。それがダメなら一緒に寝て。どっちかよ」

「・・・どっちもサクラにメリットがあるじゃないか」
「いいから。どっちか選んで」

「・・・わかったよ」


仕方なく一緒にベッドで寝ることになった。


どうしてこうなったんだ・・・


サクラに背を向けているのだけれど、底知れぬ緊張感で落ち着かない。

「先生」
「ん?」

「くっついてもいい?」
「・・・うん」
断ったって抱きついてくるに違いない。



今夜は眠れそうにない・・・

−END−



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